ダークナイト ジョーカーはテロリズムの暗喩か?
「道化恐怖症」というものがある。奇抜な風貌の為に、ピエロに対して極端な恐怖心を持つ精神疾患である。スティーブン・キングの小説「IT」などでは殺人鬼がピエロに扮していたり、米国人にとってのピエロは、陽気な道化師としての面と、正体不明の恐怖の象徴としての面がある。
911以降、米国人にとっての「正体不明の恐怖」はテロリズムだ。ダークナイトを観た人は、誰もが戦うバットマンに「正義のアメリカ」を、殺戮を繰り返すジョーカーに「正体不明のテロリズム」を重ね合わせてしまうだろう。自分のせいでジョーカーが殺戮を繰り返すことに苦悩するバットマンは、「正義の戦争」のためにイラク戦争の泥沼にはまってしまったアメリカそのものである。しかし、ジョーカーとテロリズムは本当にイコールなのか?
ジョーカーは、検事を襲ったり、病院を爆破したりと、やってることは快楽殺人鬼というより完全なテロリストだ。しかし、彼は事件そのものを楽しむためにやっているのであり、本質的には現代的にスケールアップした変態殺人鬼にすぎない。では、米国と対立しているイスラム社会はどうか?イスラムのテロリスト達は神のためにテロを行っているのであり、天国での72人の処女とセックスを夢見て自爆テロを行っている。テロリズムは「正体不明の恐怖」ではなく、明白な宗教対立なのだ。
米国政府は「キリスト教原理主義」と「イスラム社会」の対立を「テロとの戦い」にすり替え、対テロ戦争の世論の支持を取り付けた。米国人は敵が何者かもわからず戦争を行い、敵国の体制には勝利したが、テロリズムは収まらなかった。戦争後、テロリズムという「正体不明の恐怖」は収まるどころか増大する結果になった。
結局のところ、米国人にとってのテロリズムはスクリーンで暴れまわるこの気狂いピエロと一緒なのだ。大統領選の先、「正義のアメリカ」はどこへ向かうのか。まずは恐怖の実像を把握して道化恐怖症を治療しなくてはならない。
それはともかく、ダークナイトは最高の映画だ。

コメント/トラックバック
トラックバック用URL:
コメントする